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理性批判、意味批判、普遍性批判、本質論批判 [哲学問題]

「反理性」などという理性に対する批判は背理である。理性、論理を使用しながら理性を批判しているのである。自分が批判する「対象」を「批判の根拠」にしている。

基本的に、「理性、論理なし」で、何を批判しようと、それは批判にならないのであり、批判などできない。批判は「誤り」を主張する。理性、論理以外でどう「誤り」を主張するのか?

もちろん「理性」がないと「理性を懐疑すること」もできない

「脱意味」なども背理である。意味を使って(根拠にして)、意味から逃れようとすることは矛盾である。

「普遍性批判」は、「普遍性批判こそ普遍的だ」と主張する。

「本質論批判」は、本質論を批判しながら、それ自身が「本質論」として語っている。

「懐疑主義は、議論において暗々裡に、自分が否定するものを、議論を妥当させる条件として、前提する」(フッサール)


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