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ブリタニカ草稿(最終稿)第8節 [読解シリーズ]

【超越論的循環の解決】

○現象学的還元により、意識の本質的な性質が露呈される

○それは、理性や世界の全ての形態を含む

○また、調和的な経験により「自体的に存在する」ように見える世界の形態も、理論的に規定される世界の形態も全て含む

○このことから、現象学的心理学は、存在と意識の相関性研究の場となる

○しかし心理学は、世界の中の心と心的共同体を探求する「実証的学問」である

○現象学的還元は、それが心理学的な還元にとどまるならば、実在としての心理的なものや世界の存在意味を手に入れるにすぎない

○心理学者は、たとえ現象学者だとしても、心を、世界の中に存在する人間や動物の心として取りあげる

心理学的還元は、現象学的還元(超越論的還元)の前段階と言われる。心理学的還元において、還元は「実在的な世界の中の、実在的な心」への還元にとどまるからであり、ここではまだ超越論的な構成の構造は見出されていない。

○しかし、超越論的な関心を原理とするなら、心理学は超越論哲学に対していかなる前提にもならない

○超越論的な問いにおいては、疑わしいものと疑いえないものの領域は区別しなければならない

○世界や世界のカテゴリー(事物や人間や動物)に対応して、意識というのは規制されている

○世界全体の存在意味が、一般的に、また個々のカテゴリー全てに関して、明らかにされるべきである

○超越論的な問いは、疑いえない存在の地盤を前提とするものであり、その地盤とは、意識の主観性である

○疑わしい領域とは、超越論的に素朴な領域であり、自然的態度での世界である

○従って全ての実証科学は、エポケーされないといけないのであり、実証科学の領域についても、心理的なもの全てについても、同様である

○それゆえ超越論的な問いに答えるのに心理学を支えにするのは超越論的循環になり、経験的な心理学を支えにしても、形相的-現象学的な心理学を支えにしても同じである

「超越論的な構造の問い」を「心理学(心理学的な心)」で基礎づけすると、その「心」も理論的な疑わしさをもつのであり、結局更に、(超越論的に)理論として問わなければならなくなり、循環する。心も含めて、実在的なものというのは超越論的に(本質論=理論として)問わねばならないのであり、超越論的なものを「心理学的な心」で問うてはならない。

つまり、実在的なものは全て(超越論的)本質論(=理論)として問わないと背理(循環)に陥るということである。一般に実在論は背理である。


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